菅原道真公のことをもっと知りたいと思ったら「菅公歴史館」がお薦め!
道真公の一生が、装着博多人形(博多人形に衣装を着せたもの)の16の場面で綴られています。それらのエピソードは、どれも道真公のお人柄をしのばせるものです。装着博多人形とは、博多人形の古い手法で、今では制作されていません。これは、博多人形師の置鮎琢磨氏、西頭哲三郎氏が制作にあたりました。
道真公は、清公(きよきみ)公、是善(これよし)公と続く文章博士(もんじょうはかせ)の家系に生まれました。わずか5歳で和歌を詠み、10歳を過ぎて漢詩を創作し、神童と言われました。18歳で文章生、23歳で文章得業生、26歳でついに方略式に合格し、30歳のころ、島田宣来子を妻に迎え、33歳で式部少輔、文章博士となり、学者として最高の栄進を続けてきました。そして55歳で右大臣、そしてついに、延喜元年、藤原時平とともに従二位に叙せられましたが、その直後に、急転して太宰府左遷となりました。
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