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小倉城
 関門海峡を望む門司港は、古くから交通拠点として発展してきました。
今回は、その繁栄を象徴する建築物「JR門司港駅」(以下門司港駅)の足跡をたどります。
 1891(明治24)年、4月1日に九州鉄道会社が門司駅(現在の門司港駅)を起点に、熊本の高瀬駅(現在の玉名駅)まで開通しました。当時の門司駅は今の国道3号線そばで開業し、九州における鉄道時代の幕開けとなって門司は急速に発展していきます。

 門司駅は港のすぐそばにあったため、本州と九州を海路で結ぶ「関門連絡船」が1901(明治34)年に就航。門司駅は海陸交通の重要な接点となります。それにしたがって乗客が増え、乗り換えの利便性を考えて現在の場所へ1914(大正3)年に移転新築されました。
 鉄道駅として初めて国の重要文化財に指定された1988(昭和63)年以降から、門司港駅は「門司港レトロ計画」によって、さらなる発展が始まります。
 そして、1995(平成7)年3月25日に、門司港駅と周辺の施設を中心とした「門司港レトロ」がオープンし、年間約220万人が訪れる観光スポットに一躍成長しました。

 門司港駅は、現役の駅舎として働きながら、観光地のシンボルとして今も歴史を刻み続けています。
日本の鉄道開業100周年を
記念して建立された「0哩標」
 2代目「門司駅」の構造は、上から見ると“ヨ”の字のような形に見える頭端式2面4線のホームで、ヨーロッパでよく見られる階段がない地平駅。3番線には機関車付け替え用の線路があり、改札口の前には九州の鉄道起点を示す「0哩(マイル)標」があります。

 駅舎の外観デザインは、イタリアのテルミニ駅を参考にした左右対称のネオ・ルネッサンス様式の木造2階建て。駅舎中央部は九州の玄関口として「門」をイメージするなど、随所にレトロの雰囲気を醸し出しています。また、駅舎内でもレトロの時代を感じることができます。乗客が蒸気機関車のすすで汚れた顔や手を洗っていた、大理石とタイル張りの「洗面所」、2階には格式ある「貴賓室」(見学可能)を設けるなど多くの歴史的資産が現存。改札口の右側には「関門連絡船通用通路」(現在は閉鎖)があり、最盛期は年間約880万人(1日平均2万4000人)が、駅から船着き場へ地下道を使ってスムーズに移動していました。

 当時、門司駅の建設費は5万6456円95銭8厘。現在に換算すると約11億1000万円もの莫大な建設費が投じられたと言えます。駅名が「門司港駅」に改称されたきっかけは、1942(昭和17)年4月1日「関門鉄道トンネル」の開通でした。
「帰り水」
 終戦後、復帰した人々が上陸した際にのどを潤したことから、いつの間にか「帰り水」と呼ばれるようになりました。1階旧洗面所前にあります。
 
「円柱」
 真ちゅう板を張った、当時は斬新と言われたデザイン。今も現役で駅を支え続けています。駅正面入口前にあります。
 
「幸運の手水鉢」
 青銅製にもかかわらず、戦時中の貴金属の供出から運良く免れ、そのままの形で残っているのはまさに“幸運”と言えます。1階トイレの中にあります。